2012年12月9日日曜日

イット・ステアズ・ミー

   イット・ステアズ・ミー

 私がスマートホンを持つ事なんてないと思っていた。
元々機械に疎い私だったし、家にある型落ちのパソコンは専らワープロとして機能していた。
携帯なんてメールと電話さえ出来ればそれでいいと思っていたけど、友達がどんどんスマートホンに移行していくのを見て羨ましく思えたのだった。

 いざ現物を持ってみると、これがなかなか使い勝手が良い。
何より、色々なアプリを入れて利用出来るのは今までの携帯電話にはない利点だ。
キノコを栽培するゲームや鳥を飛ばすゲームは、使い始めて半年が経っても未だに暇が出来るとついついやってしまう。

 そして何より私の心を捉えたアプリはゲームではなく、ちょっとおもしろくて、少し趣味の悪いものだった。

 "it stares me"と銘打たれたアプリ。直訳すれば、「それは私を見つめている」となるだろうか。
ISMとも略されるそのアプリは、一定の人気を博していた。

 私の持っているスマートホンにはカメラが二つ付いている。
片方はディスプレイの反対側、言わば背面に。もう片方は操作している表側についている訳だ。

 このISMがどういうアプリかというと、表側のカメラから、私の背面に居る人間の視線を察知して教えてくれるのだ。
つまり、誰かに携帯の画面を覗かれているとすぐにわかる。もちろん、私自身の視線は顔認証によってパスされているし、覗かれているサインもバレ辛いものが何種類かあって、覗く人に気付かれない様に出来る。


 私はこのアプリを導入してすぐに驚く事になった。家を出てからの道のり、通学電車内、キャンパス内。家に帰るまでに私の携帯が背後から覗かれた回数、実に32回。
確かに、人の携帯電話というのは意識していなくてもちらりと見てしまうものだし、精度だって100%という訳ではないだろう。
しかしやはり、この結果には小さな恐怖と、そして奇妙な喜びの様なものを感じた。

 それが癖になり、結局このアプリを常駐させ続けている。


 今日も受講し終え、帰りの電車に乗り込んだ。
内心ニヤニヤしながら、一日ごとにリセットされる「今日の覗かれ回数」をチェックする。
少し派手なメイクや、露出の多い服装にした日は覗かれ回数がアップしたりして面白いのだ。

 このISMの良い所は、ゲームなどをしていても常駐させて常時チェック出来る所だ。
ゲーム中に覗かれサインがずっと出ている時など、同じゲームをプレイしているであろう人や、興味津々な子供が後ろに居る事が多い。
まあ、ゲーム中は集中しているのですぐに振り向いたりはしないが…。


 ふと気づいて時間の表示を確認すると、ゲームに夢中になって10分ほどが経っていた。
覗かれサイン。隣の人かな。でも今集中してるから…。いきなり隣を見て気まずくなってもいけない。



 …また10分が経った。覗かれサインは出続けている。あと2,3分で家の最寄り駅まで着くだろうか。そろそろ潮時だし、どんな人か確認してみようかな。

 左右を確認するが、どちらの人も私の携帯を覗くには少し離れている。
あれ、おかしいな。そういえば、窓に鏡写しになった視線を感知していた事が前にあった。
しかし、周りをどれだけ確認しても、それらしい人は居なかった。

 私が反応するのを見てすぐに逃げてしまったのだろうか。
仕方ない、気にはなるけど…

 覗かれサイン。

あれっ。なんだろう。周りを確認しても覗いている人は居ないのに。

 あとは、私の席の後ろ、窓の外。
恐る恐る振り向くと、



 真っ暗なガラスにぽっかりと

2010年11月19日金曜日

フィクションです。第三章

注※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです


 どうした事だ。

俺は耳を疑った。

目の前の国会議事堂は、いつもと変わらぬ素振りで静かに鎮座している。

だが、遠方から響くのは爆音、銃声、その合間に、かすかに誰かの悲鳴、怒鳴り声。

何だ。


 はっと正気に戻り、隣の同僚を見る。

目が合った同僚は、気まずそうな顔をしていた。

「鏑木さん、行きましょう」

「ああ」

釈然としない思いを抱きながら、俺たちは議事堂の方へと駆け寄って行った。


 野中が、俺と並走しながら問いかけて来る。

「鏑木さん、この国の事、好きですか」

「いきなり何の話だ!」

「いいから答えて下さい、この国の事、好きですか」

荒い息を押しとどめながら、少し考えて俺は答える。

「…俺は日本という国を愛している。だが、この国の腐った現状が俺はなによりも許せない」

野中は、にやりと笑って答えた。

「僕もです。いや、皆そうです。だからこんな事に…」

その時、目前にある大扉が外向きに吹き飛んだ。

通せんぼした柱めがけて、二枚合わせて1トンもある鉄扉がぶつかる、俺と野中は、踵を返して飛び退った。


 大量の砂埃。一体何が起こった。明らかにこれはテロだ。

形を失いそうになる思考を無理矢理抑えつけながら、俺は匍匐の姿勢で議事堂を仰ぎ見た。

倒壊寸前の柱、捻じ曲がって用を足さなくなった鉄扉、やがて…

ガスマスクと戦闘服を身につけ、自動小銃を提げた一団が、舞い止まぬ砂埃の奥から現れた。


 「動くな!」

くぐもっているが鋭い声。

俺は状況を推理する事をやめ、頭の上に両手を置いて、ただ時が過ぎるのを待った。


 「あのー!」

野中が唐突に叫ぶ、ザッ、という気配から、奴に銃口が集中した事がわかる。

「野中!やめろ!何のつもりだ!!」

「我々は、あなた方に敵対する者ではありません!」

「…説明しろ」

「我々は!この国の行く末を憂えております!!本音を言えば、この様な事件を待っておりました!!」

「どうやってそれを証明する」


 野中、やめろ。俺は心の中で繰り返した。

武装集団の正体も、目的もわからないのだ。クーデターかもしれない。あるいは中共が実力行使に踏み切ったのかもしれない。

日本語を喋っているからと言って、日本人とは限らない。殺される。野中、殺されるぞ。


 「その証拠は、私の腰に下がっているこの特殊警棒です!」

「私は、官房長官の三国をこの手で消す為に銃弾の出る特殊警棒を用意しました!どうぞ調べて下さい!!」


 俺の頭が真っ白になった。

銃弾の出る特殊警棒が、そう簡単に用意出来る訳はない。

俺とて、そんな物を作る設備も資金も、知識も無かった。

昨日の朝、「組み立てるだけ」という状態まで持ち込まれたものが届かなければ、こんなものを作るのに何ヶ月かかっただろう。

どういう事だ。それより、野中は…。自分が武装していると告白した様なものだ。


 「調べろ」

「はい」

重厚だがテキパキとした足音。

スッ、と警棒を取り出す音。


 「パン!」

「ふむ…」

「もう一人はどうだ」

「鏑木さんも、国を売るような輩ではありません!」

「根拠は?」

「それは…」


 覚悟を決めよう。

「…俺の特殊警棒も、同じ改造がしてある」

「ほう、二人で用意したのか?」

「いえ、そんな筈はないです!!鏑木さん!?本当ですか!?」

「本当なんだ、調べてくれ」


 背中越しに、奴らの一人が近づいて来るのを感じる。

警棒が抜き取られた。

そして、さっきと同じ銃声。


 「もう一度聞く、二人で用意した訳ではないのか?」

「ええ、昨日の朝、小包が届いて、その中に…」

「俺もだ、嘘くさいと思うだろうが」

「ふん、はっはっは、面白いぞ、これは面白い」

「立て。すまなかったな」


 どうやら助かったらしい。

突然視界に色が戻って来た様だ。

澄んだ冬の空気に、議事堂前の緑が映える。

ゆっくりと立ち上がり、振り向いた俺が目にしたのは、

7人余りの武装集団と、

その武装集団に取り囲まれている、売国議員と言われる3人の男たちだった。


 「ご覧の通り、クーデターと言っても差し支えない」

「だが、今は我々の計画を詳しく話す事は出来ない」

「ああ、勿論だ。勿論だが、俺はその…」

「何だ」

「その男、三国だ。三国を殺さなければ、俺の気が済まない」

「駄目だ」

「何故だ。クーデターと今言っただろう!?」

「まあ落ち着け、今すぐにこの男を殺した所で、日本はどうにもならん」


 俺の心が、自分でどうにもならない程暴れているのを感じる。

この男を、この男を殺さなければ、洋子が、昌江が、愛する皆が。


「馬鹿タレが!!仕方ないから話してやる!まず聞け!」

「我々はこの男らを、まず人質にする。中共へのな」

「そして、まずは悪しき在日外国人、日本を巣食う病患部を一掃する」

「その為には、この男たちがどうしても必要なのだ。頼む。落ち着け。」


 思考が回転して止まらない。納得の行く様な、行かない様な話だ。

第一に、こいつは今「悪しき在日外国人」と言った。それならば…。


「待て、それなら質問だ。日本を愛する在日外国人は、どうするんだ?」

「無論、彼らは我々の同志だ。我々は選民主義者ではない。彼らも我々と共に、生まれ変わる日本の礎となる!」

「どうやってその心根を判断するんだ!大量の在日外国人に対して、今俺たちにした様な事をするのか!?」

「…その必要はない」

「どういう事だ!!」

「いずれ、近い内にわかる」


 行くぞ。そう言うと、リーダー格の男は、俺が呼び止める声も聞かずに隊を率いて歩いて行く。

待て、待つんだ、もっと説明してくれ。彼らの答えはない。

しかし、彼らのうちの一人が少し、こちらを振り向いた。

その隙を突いて、囲いの中から男が一人飛び出した。

三国だ。

三国だ…!

三国の野郎、逃がして堪るものか…!!!


 「待て!三国!撃つぞ!」

「撃つぞ!」

「待って下さい、鏑木さん!!」

半べそをかきながら地面に座り込む、残された二人の議員。

その二人に銃口を向けている隊員を残して、残りの全員が三国に照準を合わせる。

「鏑木さん!!」

「三つ数える前に止まれ!三!二!」

「ミィィィクニィィィィィーーーーー!!!!」

 パン!!


…気がつけば、俺の右手には例の特殊警棒が握られていた。

硝煙、右手に残る反動。三国、三国は…。

三国の背中に、小さな穴が咲いていた。

やがてうつ伏せに倒れる三国。流れだす血。

俺か?俺がやったのか…?


 「はは、はっ、はぁーはっ、はぁーはっはっはっはっは、はあ、ははははッ!!」

「貴様ァー!!何故撃った!!」

どうやら俺は、自分でも無意識の間に、落ちていた特殊警棒に予備弾を詰め、撃っていたらしい。

そして、特殊警棒はかなりの精度を持っていた。


 右頬に衝撃。

俺は昏倒した。

 「鏑木さん!!」

意識を失う直前、野中の声が、遠くから聞こえた。

フィクションです。第二章

注※この物語はフィクションであり、実在する人物、及び団体とは一切関係ありません。

 俺は、やらねばならない。

洋子の為、昌江の為、そしてこの国の全ての人の為に。

やらねばならない。


 書簡はすでに親父のもとに送った。

このご時世、誰に見られているとも聞かれているともわからない、メールや電話より、

その方が安全だと判断したからだ。


 俺はやらねばならない。

15年前、俺は国の為に命を捧げようと誓い、公務員になった。

しかし、この15年間やって来た事の多くは、国民を欺き、狂った政治家や官僚の手足として動く事、そのものだった。

そして契機がやって来た。恐ろしい何かがこの国で動き出した。


 多くの売国議員、無能議員が猛々しくも、日本にトドメを刺そうとするかの様な動きを見せ始めた。

中共に有利な法改正案、馬鹿げた予算案、大っぴらな、私欲を隠そうともしない暴走が始まった。

俺が、今、止めなければならない。


 例え俺が今日、あの男を殺した所で何が変わるという事も無いのかもしれない。

あるいは、この国を愛する人々を追い詰める事になってしまうのかもしれない。

それでも俺は賭けて、やらねばならない。

愛している。愛しているぞ、洋子、昌江。


 腰に挿した特殊警棒をそっと撫でてみる。

昨日の朝、突然届けられたもの。

組み立ててみれば、普段我々が携帯しているものと寸分違わぬもの。

しかしそれは、日本国において許されざる機能を持っていた。

そして、今日俺が、愛する家族と、愛する日本国の為に散る、という事を決意させたもの。


 試し撃ちはしなかった、というより出来なかった。

だが、これは確実に動く。弾は必ず飛ぶ。不思議な確信があった。

よし、時間だ。

……今日、俺は正しき愛の為に死のう。


 国会議事堂前。13時40分。国会、本会議中。

「…洋子」

娘の名を呼び、もう一度、特殊警棒の手触りを確かめ、国会を振り仰いだ俺の耳に届いたのは、

耳をつんざく爆音と、銃声だった。

フィクションです。第一章

注※この物語はフィクションであり、実在する人物、及び団体とは一切関係ありません。


「……お父さん?」

「ん?どうした洋子、こんな夜中に」

「お父さんこそ。何してるの?」

「ああいや、ちょっと明日の準備をな、もう遅いし寝てなさい。不安なら側に居てあげようか?」

「いや、いいけど……」

「そうか、そんな年じゃあないものな。ともかく風邪ひかない様にしなさい」

「うん、おやすみ」

「おやすみ、愛してるよ」

私は部屋に戻った。

今は夜中の3時。1階でカチャカチャと音がするから見に行ったら、お父さんが何かを触っていた。

何かは薄暗くてよく見えなかったけど、機械みたいな…。

なんだか辛そうな声だった気がする。心配だ。

それに、愛してるだなんて普段言わない。お父さんは普段、あんなに優しくなかった。

思えば、昨日くらいから急に優しくなった。

何かあったのかな……。


そう思っていたら、部屋のドアがゆっくりと開いた。

「……洋子?」

「お父さん?」

「ああ、すまない。不安にさせてしまったかと思ってね、もしかして寝てたか」

「ううん、大丈夫」

「そうか」


お父さん、本当に最近おかしい。

「ねえ、お父さん、何かあった?」

「ん?何かって何だ」

「最近…、優しいっていうか、私やお母さんと一緒に居る時間増えたよね」

「ああ、まあ何というか…、急にお前たちの大切さに気づいてな」


お父さんは照れくさそうに笑った。

「そうなんだ。…無理してない?」

「大丈夫だよ。洋子や母さんと一緒に居る時間が多い方が、お父さんも幸せだってね。気付いたんだ」

「んふふ、今頃になって?」

「そうだ、今頃になってな。はは、お父さんも馬鹿な男だよ」

「でも私、嬉しいよ」

「そうか、なら良かった。お父さんの同期なんか、みんな子供や嫁さんから嫌われっぱなしだからな」

「そうなんだ」


二人でしばらく笑った。お父さんが笑っている所も、久しぶりに見たかもしれない。

「お父さん、ほっとしたら眠くなって来ちゃった」

「そうか、ならゆっくりおやすみ。お父さんももう寝るよ」

「うん」


お父さんが、私の頭を撫でようとして、ふとその動きを止めた。

「どうしたの?」

「ああ、手に油がな、機械を直していたから」


お父さんは手を、寝間着のズボンでごしごしと拭いて、私の頭を優しく撫でてくれた。

「……お父さん」

「…何だい洋子」

「ずっと、お父さんと一緒に居たいな……」

「ああ、お父さんも、そうだといいなと思うよ」


お父さんのその時の声は、凄く悲しげだった。

眠りに落ちていく中で、私の心に不安の種が一つだけ、そっと残された。

2010年10月11日月曜日

りょうたろうくん。

 村瀬龍太郎君は、両親から虐待されていた。
ベランダに追い出されていた所を、実の父親に助けだされ、車で待つ様に言われた。
実の父親は、龍太郎くんに手紙を渡し、「車の中で待ってなさい、ゆっくり読む様にね」と優しく言った。


" りょうたろう君。
もう君は小学4年生だね。

りょうたろう君。
じつは、僕は君のほんとうのお父さんです。
今のおとうさんが偽物なのは、知っていたかな?

りょうたろう君。
僕には、きみを育てる力がなかった。
だから、僕がきみにしてあげられる唯一の事は、にせもののお父さんから君をたすけることです。

お母さんはりょうたろう君の事をほんとうに大好きなんだ。
りょうたろう君も、おかあさんの事が大好きだろう?
おかあさんは、きみのにせもののお父さんのせいでああなってしまったんだ。

だから、ぼくはきみとおかあさんが二人きりでいられるようにしてあげようと思う。
おかあさんにも、きみがどれだけ辛いきもちだったか、よくわかってもらうから、
きっと、二人きりになったあとのおかあさんは、昔のおかあさんと同じでやさしいはずだよ。

もうごはんがたべられなくて、すごくおなかがすく事もない。
ベランダにとじこめられる事もない。
たたかれることも、タバコでやけどさせられる事もなくなるんだ。

りょうたろう君、あんしんしてね。
僕はこれから、にせもののお父さんをやっつけてきます。
僕はにせもののお父さんみたいにつよくは見えないかもしれないけど、一人じゃないから安心してね。

お父さんのくるまの中はすこしけむたいかもしれないね、
けむりの臭い、いやだよね。
でもがまんして、すこしまっていてね。ごめんね。

その車が、おかあさんの所までつれていってくれるからね。

りょうたろう君、僕も君が大好きだよ。
ただ、僕はもう君には会えないかもしれない。君の偽物のお父さんと一緒に遠くへ行くからね。
だから、さようなら。でも、また会えたらいいね。 "


4人の遺体は、それから5日後に発見された。
村瀬龍太郎君は、細工された車の中で冷たくなっていた。
村瀬真司は、舌を切られ、口に詰め物をされた上での窒息死だった。絶命するまでに、全身をくまなくタバコの火で焼かれていた様だ。
村瀬景子は、厳重に拘束され、全身に重度の打撲や骨折を負った上で風呂場に放置されていた。発見の前々日まで息があったという鑑識結果が出た。

井上龍司は、割腹からの断頭自殺であった。

介錯の主は、ついぞ見つからなかった。